写真家、写真に精通している方なら一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

報道写真家「ゲルダ・タロー(Gerda Taro)」

2018年8月1日、Googleロゴがゲルダ・タローの顔写真に変更されていましたが、
生誕108周年を記念しての変更のようです。

Googleロゴが変更されるということは、
世の中に影響を与えた、著しい功績を残した、数奇な人生を遂げたなど様々な理由が考えられます。

このブログでは、ゲルダ・タローが気になる方に、
ゲルダ・タローの女性初の報道写真家の功績、作品、軌跡、人物像についてご紹介していきたいと思います!

ゲルダ・タローが気になる方は、ぜひ読み進めていただけたらと思います!



ゲルダ・タローの基本情報、人物像や軌跡、偉業について

まず初めに、ゲルダ・タローの基本情報、人物像や軌跡、偉業について見ていきたいと思います。

ゲルダ・タローの生まれはドイツのシュトゥットガルト。
生誕1910年8月1日、享年27歳という非常に若い女性がこの世を去りました。

冒頭でもご紹介した通り、ゲルダ・タローは報道写真家、戦場カメラマンという職業です。

当時報道写真家という地位、職業はそれほど認知されておらず、
ましてや女性の写真家なんてほとんどおりませんでしたので非常に珍しいことになります。

しかし、生前ゲルダ・タローの知名度は非常に低く、有名になってもおかしくない状態で、
その後にゲルダ・タローの作品や活動は評価されることになります。

ゲルダ・タローの活動、作品がなぜ知名度を得ることが出来なかったのでしょうか。
この関係には、ゲルダ・タローと同じく報道写真家であったロバート・キャパの存在がありました。

次に、ゲルダ・タローとロバート・キャパの関係について見ていきたいと思います。



ゲルダ・タローとロバート・キャパの関係について

ゲルダ・タローとロバート・キャパの関係について見ていきたいと思います。

ゲルダ・タローとロバート・キャパの出会いは、パリでの一コマ。
お互い同じ同業、報道写真家、戦場カメラマンということもあり、一緒に活動する場面もありました。

一方で、ロバート・キャパはゲルダ・タローへ恋心を抱くようになり、
プロポーズも伝えるも断られることに。ゲルダ・タローはキャリアウーマン気質があったのではと伺えます。

また、ゲルダ・タローが最期を迎える場所はスペイン内戦中のスペイン。
同じくして、ロバート・キャパも戦場カメラマンとしてスペイン内戦に臨んでいたようです。

仕事に生き、仕事で終える、現代社会の女性のような鏡を見ている、
そんな気分にさえなりました。同じような環境の方であれば共感を得るのではないでしょうか。

これまで報道写真家、戦場カメラマンとして活動してきたゲルダ・タローの
気になる写真家としての作品を次に見ていきたいと思います!



ゲルダ・タローの写真家としての作品について

ゲルダ・タローの写真家としての作品についてです。

報道写真家、戦場カメラマンと呼ばれるだけあって、戦場に繰り出すことが多く、
戦場時の写真が多かったようです。

また、気になるのはロバート・キャパの情報を調べていくと、
ロバート・キャパの作品の中には、一部ゲルダ・タローが撮影してきた作品も入っているようです。

協働で写真撮影、作品を作ってきたことが分かります。
その影響もあってか、ロバート・キャパは非常に有名な報道写真家へ地位を確立し、

その功績を称え、ロバート・キャパの名前をとって「ロバート・キャパ賞」が誕生しました。
写真家、写真に精通する方であれば一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。

そのため、ゲルダ・タローの作品の一部にはロバート・キャパがかかわっていること、
協働で作品展開されていたことが分かりました。



ゲルダ・タローが気になる?女性初の報道写真家の功績、作品、軌跡、人物像 まとめ

ゲルダ・タローが気になる?女性初の報道写真家の功績、作品、軌跡、人物像についてご紹介してきました。

ゲルダ・タローは女性初の報道写真家、戦場カメラマンとして、
写真作品を作り出してきました。協働でロバート・キャパとも活動を行っており、

ロバート・キャパの作品の中にはゲルダ・タローが撮影した作品もあるようです。

また、ゲルダ・タローはスペイン内戦での活動中にこの世を去りました。
若干27歳という若さの早い終わりでしたが、もっと長く生存していたら作品も多かったことでしょう。

Googleロゴがゲルダ・タローの顔写真に変更されているのは、
この世に影響を与えた、著し偉業を成し遂げたなどの理由から変わっていることかと思います。

ゲルダ・タローのこれまでの活動に、改めて敬意を表したいと思います。